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HSPとエンパス、異常な共感力を持て余さなくなったこと 香耶

2020/09/30

このブログでは、昨年からハイリー・センシティヴ・パーソン(HSP)について、たびたび言及していきました。

敏感すぎて(=ハイリー・センシティヴ)生きづらさを感じる人は、なにをどうしても鈍感になることはできません。生まれつきの体質であるからです。
しかしながら、その体質をよく理解して、生きやすさに変えることは不可能ではありません。

私はエンパス体質(HSPよりも霊的要素の強い共感体質とでも言いましょうか)についてもここ数年本を読んだり調べたりしていますが、私自身がその2つを自分が持ち合わせているため、実は違いがわかっていなかったのです。
どちらも「5人に1人」というキャッチフレーズがくっついていたからです。

五感全てが鋭いHSPと、それにくわえて第六感も鋭いエンパス
ということのようです。
HSPが他人の感情を自分の感情のように感じることが無いのに対して、エンパスは痛みや悲しみを自分の感覚にしてしまう。

イライラしている人が近くにいると、それを敏感に察知して「私のせい?」「何か声をかけるべき?」などと、気にしすぎて疲れてしまうのがHSP。

それを「気にしないことにしよう!」と切り替えできる人はHSPにあらずですが、世の中8割がHSPではないということを理解するのも、当事者にとって超!大切なことです。
8割の人にはこの感覚がわからないんだ、と理解すれば、なんでわからないの?!と悲しくなることがなくなります。しかし理解されないというのは楽しいことではありません。だからHSPさんには仲間が必要。傷のなめ合いをするわけではなく、ただ理解し合える仲間が。)

対してエンパスは他者のイライラを自分の感覚かのようにとらえ自分もイライラするのですが、本来はそれが自分の感情ではないのです。境界線が曖昧で自他の区別がつかないため、時に大変混乱します。

私の場合、自他の境界線がないというのを自覚したのは4年前。
今でも困った大人だと思いますが、その頃まではもっと困った危ない大人だったはずです。勝手に他者に振り回されてキャパオーバーして混乱することばかり。
このままではマズイなと本能が察知したのか、そんな私をまるごと理解してくれる人に出会いました。

自分を知って、なんとなく境界線を引けるようになってきたのは3年前。
疲れすぎたり、支配しようとされたりすると、またボーダーがわからなくなってしまうこともありますが。
「今、私は私でないな」とうっすらわかっていればなんとなかなる、と思っています。そんなことは、わりと、毎日のようにあります。

自己の細胞を異物と見なして攻撃することによって起こるのが自己免疫疾患。
自他の区別がついていないという弊害はそんなところにも現れました。
かかってしまったものは仕方がないので治療を受けています。これも何かの運命。

我が家に、ハイリー・センシティヴ・ラビットがやってきたのも何かの運命。
いつも怯えてばかりの子ですが、家族がいない時間帯には電池が切れたように眠っています。

私は日々この子から、恐怖や不安、苛立ちを含む様々感情を受け取りながら、癒されています。
ネガティブな感情を他者(他うさぎ)から受け取ることを拒絶する気持ちはなく、それは人間でも同じだと感じます。

共感することで癒される。
ヨガでも施術でも、目の前にいる皆さんのエネルギーを感じて共感している。身体に触れることで自他の区別がつくから、共感すると良さそうなポイントがわかる。

以前の私は自分と皆さんの心身の区別がつかなかったから、ヨガインストラクターの仕事を難しく感じていたのだと思います。

年々、楽になります。

目に見えるものでも見えないものでも手放す必要のあることも増えて、それらを整理するのは大変だったりもしますが、それも必要なこと。

まとまらない雑記でした。

↓テラスで育った野菜とハーブ。エンパスさんは自然に触れよう。

香耶

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