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【サトヴィカ式ヨガができるまで・その1】「ヨガとの出会い」「TT受講」(加藤香耶)

2017/07/18

数年間に渡る私のヨガライフについてまとめました。
思った以上に長編となりましたので、少しずつ掲載いたします。

■スポーツクラブ、DVDでのヨガ体験(2006-2011年)

20代の半ば、スポーツクラブで数回ヨガのプログラムに参加したことから、私のヨガは始まります。その後、第一子を出産してから「産後ヨガ」のクラスに半年ほど通いました。

しかし、その頃の私は、多くの方がそうであるように、ヨガとは身体を柔軟にするストレッチ体操のようなものだと思っていました。

そんな私が転機を迎えたのは、年子となる第二子を産み、子育ての真っ只中でのことです。もともと頑丈でなかった身体は、疲労でさらに弱り切っていました。どこにも出かけられない身体をなんとか奮い立たせて、私は自宅でDVDを見ながらヨガの練習を再開したのです。教材は綿本彰先生の「シンプルヨーガ」、マック久美子先生の「ヨガ・ベーシックス~初級編」、そして「ヨガ・ベーシックス~ストレス解消編」でした。

夜10時頃、子どもたちを寝かしつけてから居間の灯りを落とし、DVDの教え通り真剣にポーズを取る毎日…。でも、身体は正しく使えているのか、気になっていました。

■ヨガスタジオ、ヨガスクールの扉を開く(2012年)

しばらくして、派遣社員としてフルタイムの仕事を始めると、タイミングよく最寄り駅の近くにヨガスタジオがオープンしました。さっそくそこに3か月ほど通ったのですが、身体が使えているのかどうかはまだわかりません。ただ、習い事の時間を持ったことが心の栄養となり、リラックスしたことは確かです。

しかし一方では、夫の休日に子どもたちを預けることのうしろめたさも感じていました。夫の時間を奪い、私だけが羽根を伸ばしていいのだろうかと…。

それでもヨガをもっと習ってみたい気持ちは増すばかりで、突き動かされるようにヨガのインストラクター養成コースを探し始めました。といってもインストラクターになるつもりはなく、資格を取れるくらい習えば、自宅で練習ができるのではないかと考えたのです。

やっと見つけたそのスクールは、スタジオの心地よい静けさが気に入りました。当時、私は「精神安定剤を手放せない」という悩みがあったのですが、それを克服したという先生に出会え、励まされたことが決め手になりました。体験レッスンに一度出ただけで、すぐに50時間のティーチャートレーニングコースを始めたほどです。

しかし、初日を迎えた私は、同期の仲間たちのきらきらとした笑顔に気後れしました。自己紹介はしどろもどろで、正しい姿勢で直立をするシンプルなポーズ「ターダアーサナ」はまったくできません。基本のポーズのひとつ、アドムカシュワーナアーサナ(ダウンドッグ)では腰が反り、上腕が痛くてすぐに膝をついていました。

それでも、何度か通ううちにできなかったポーズも少しずつ保持できるようになり、次第にヨガ哲学の魅力にとりつかれて行きました。と言ってもその頃は、コースで使った数冊のテキストの一部を読み込む程度でしたが…。

さらに50時間のコースにステップアップし、哲学もアーサナも難しくなって、「これは大変だ!」と思いましたが、逆境に向かえるだけの気力と体力が戻っていました。毎月必ず内科に通っていたのが、気が付けば一切風邪をひかなくなっていたのです。

毎朝5時半~6時に起きて、保育園の送りと仕事の前に1時間前後のセルフプラクティスをするのが私の日課でした。サーランバシールシャアーサナ(ヘッドスタンド)は、壁を使って正確に5分。壁を使わずにできるようになるまで、2年もかかりました。立つのもやっとだった私が、今、オープンのクラスで指導しているような数々のアーサナをできるようになるまでには、かなりの時間を要したのです。

そのコースが終わる頃、仲間達と共に時間を過ごしたい、もっと先生にヨガを習いたい、というシンプルな思いから、ティーチングスキルを身につけるための100時間の集大成コースに進みました。5日連続10時間を2クール。前期と後期の間にも課題がたくさん出されて大変でしたが、有意義な時間でした。

つづく

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