Blog


イーシュヴァラ・プラニダーナ(自在神祈念)大いなる力に導かれる 加藤香耶

2019/08/07

ヨガの経典ヨーガ・スートラの中から、ヨガの教えをひとつご紹介します。
ニヤマ(勧戒)のひとつ「イーシュヴァラ・プラニダーナ(自在神祈念)」

イーシュヴァラ・プラニダーナ(神への献身)によって、三昧(サマーディ)は達成される

神への献身。
日本人である我々にはピンと来ないかもしれません。
そこで、神が創られた世界=森羅万象すべてを神と考えましょう。
すると、この教えは「大いなる力に身をゆだねる」とも言い換えられます。

目の前に存在する人、目の前にあるもの、目に見えないものであっても、すべてが神様。

大いなる力に身をゆだねれば、必ずうまくいく。

果てしなく優しい教えです。

2013年の3月に、ヨガスクールのティーチャートレーニングを卒業しました。
トレーニングが終盤に差し掛かる前に、当面は派遣の仕事(営業事務)を続けて、子どもたちが小学生になる3年後あたりに身の振り方を考えようか。
その頃にはヨガを教えられるようになっていると良いけど…と考えていました。

ところが、その矢先に派遣契約を打ち切られることを知らされました。
4月で終了、と言われて、それなら3月にしてください。もしうまく転職ができなければ子どもたちを保育園から幼稚園に転入させなければならないのだから、キリの良いところでやめさせてほしいと申し出ました。

とりあえず急いで仕事を探そう。気持ちを切り替えて動き出した矢先に契約終了するはずのその会社から「直接雇用の契約社員として会社に残れる」という話が舞い込みました。
なんか…そんな程度なんだな所詮会社は派遣社員をコマと思っているというか。と思わなくもない。
でも、辞める手間を考えたらその仕事を続けようと思って、契約社員にしてもらうことに。
ところが、家族や派遣仲間が「そんな話、断ればいいのに…」
ヨガ仲間に話したら「続けるか辞めるか選べるってことじゃん」「ヨガ教えたらいいのに!」

「でも」
辞めたくない。職探し、大変だったんだから。
手続きが済んで、明日から契約社員だぞという3月31日に、内臓の炎症を起こして入院。
あれー…??
夜間の診察を受けて帰るつもりだったし、夫は家でのたうち回る私に見向きもしなかったので、痛みの波が引いた時に車で病院に行き、医師に呆れられました。
(しかもその時、ずーっと探していたとある絵本に、夜間診療の待合室で出会いました。タイトルは「おみまい」(笑)
もうろうとしながら「なんでここに…」「タイトルは良いとして、どう考えても病院向けの内容じゃないだろー」と思ったことは鮮明に覚えています。)

仕事、辞めるべきなんだな。
そう悟った私はその仕事を断念して、数ヶ月かけて引継ぎしたのちに退職。
タイミングよく募集がかかっていた、卒業したヨガスクールのスタッフとしてパートの仕事をはじめました。
そこからがヨガ人生のスタートです。

あちこちから「そっちじゃないよ」「こっちだよ」の声がかかっていた。
うすうす、気づいていたのに、怖くて手招きに応じられなかった。

二度と病気になりたくなかったのです。
派遣の仕事に就く前の専業主婦の頃、私の心は破綻していたから、そこに戻りたくないと思ったのです。
電車に乗って会社に行けることが、自由になったようで嬉しかった。自分でお金を稼いで、そのお金で近所のヨガスタジオに入会した時、嬉しかった。
仕事をしていたい、だから病気になりたくない…焦りがありました。
今考えれば専業主婦だから病気になったわけではないのですが、当時はそこに戻りたくないと思っていました。

だけど病気にすら意味があるのであれば、目の前の世界を拒む理由はない。それは、あとから知ることです。
派遣の仕事に就いたことも、入院してしまったことも、契約社員を続けられなかったことも、今この場所にたどりつくための通り道。
も少しストレートにたどりつきたかったなと、何度も思いました。
だけど主に身体が傷ついて知ったことがたくさんあるし、傷つかなれば出会いがたくさんあって、陽ヨガも陰ヨガもそのうちのひとつ。

ありがとう。
今は私を苦しめた数々の出来事に対してすら、感謝の気持ちを抱いています。
渦中にいるときは無理だけどね!笑

必ずうまくいくから、何が起きても大丈夫。

そんな教えを知ってるか知らないか、大きな違いなのではないかなと思うのです。

2013年のハヌマーンアーサナ

加藤香耶