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【サトヴィカ式ヨガのできるまで・その4】インド旅行/東洋医学、アーシングとの出会い

2017/07/24

■インド旅行(2015年)

免疫抑制の薬が手放せない私が、衛生状態のよくないインドに行くのは無謀だったかもしれません。それでも、入院よりも前からヨガの本場であるインドに行くことを心に決めていたので、病気を言い訳にするまいと決行したのです。

さすがに、食事には気を遣い、一流ホテルのレストランや空港のきれいなお店でしか食事をしませんでした。インドに来たというのに、屋台の食べ物はもちろん、カレーさえもほとんど口にしていません。インドらしからぬ思い出ですが、スパイスが腸管を刺激して病気が再燃することを恐れたのです。

ピカピカのホテルで、毎日のように通ったそのレストランは、「sattvic」という名前でした。ヨガでは「サットヴァ」という言葉が「純質」との意味で使われますが、その形容詞のようです。

短い旅行で、体調に問題なく帰国しました。そして薬を使って調子が良かったことで勘違いした私は、少ししてから医師の許可なく薬を勝手にやめようとしました。

■東洋医学、アーシングとの出会い(2016年)

薬をやめた私を待ち受けていたのは、炎症の再燃でした。寝込むほど重い体を引きずって、駅前の子供たちを連れていける鍼灸院に、ふらふらになって駆け込みました。薬の副作用にも悩まされていたので、藁にもすがる思いで東洋医学に頼ったのです。

そこはとても居心地の良い治療院でした。ほぼ初めてに近い鍼治療を受けて、ヴィパッサナー瞑想の時に感じた鎖骨付近の痛みと冷たさが蘇るのを感じました。

「びりびりします」
「肺経(※注1)ですね」

右手の母指球が腫れて熱を持っているのは、アームバランスポーズのやり方が間違えていると思っていましたが、それも肺経だと知りました。内臓の炎症はすぐに取れて、身体が楽になりました。

その日、先生が勧めてくれたのが、「アーシング」という裸足で大地に触れる健康法です。その時は「ただ素足で大地に立つだけ」くらいにしか思わなかったのですが、頭の片隅に強く焼き付いていたのでしょう。しばらしく治療に通ったのち、私は思い立ったように「アーシング」を試してみました。

それは衝撃的な感覚でした。言い表しようのない幸福感に包まれたのです。その上、アーシングをしてからのヨガのプラクティスは、それまで以上に心地良い感覚をもたらしました。怒涛のアーシングライフの始まりです。

アーシングを始めた頃は、足裏を大地に触れさせて座るのが好きでした。ある日、手のひらもつけてみたら、30分も経つと右手の母指球からスーッと何かが大地に吸い込まれるのを感じました。鎖骨のあたりもスッキリしていました。

また、右足裏のくぼみがジリジリする感覚が、日に日に増していきました。さらに、小さな虫が這っていると勘違いするような、くすぐったいような微細な感覚、何らかの流れを、下肢の裏側に感じ始めました。それは日によって、手の親指から始まって母指球から前腕、上腕を経由して鎖骨まで続いたり、足の親指から下肢の内側を通って膝のあたりで感覚が強くなったりします。

東洋医学のツボに強い興味を持つようになったのは、治療中の先生とのやりとりからです。右足の親指から下肢の内側の痺れを訴えたとき、「不満や苛立ちの感情が、足の親指から始まる肝経(※2)に影響している
との説明を受け、何かがひらめいたのです。

(インド旅行当時の個人ブログはこちら

つづく

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