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【サトヴィカ式ヨガができるまで・その3】ヴィパッサナー瞑想との出会い、闘病生活の始まり

2017/07/22

■ヴィパッサナー瞑想との出会い(2014年)

ヨガの教えをさらに広めたいという思いから、ティーチャートレーニングでお世話になった先生の門下生となりました。

当時、私はスタジオと地元で合わせて週に10クラス以上担当し、不定期でティーチャートレーニングコースのアシスタントもしていました。しかし、心身ともに丈夫になったとはいえ、まだ神経過敏で心が不安定でした。

そんな私に先生が勧めたのは、「ヴィパッサナー瞑想」の10日間コースです。ヴィパッサナーとは、観察をすること。無言の瞑想修行です。

コースの初日に突然、空きが出るというハプニングが、キャンセル待ちをしていた私に幸運をもたらしました。それは素晴らしい体験でした。

とはいえ、最初から順風満帆というわけにはいきません。途中、子どもの顔が浮かんで、帰りたくなってしまったり、1日に何時間も坐すことで、身体の痛みも激しく起こったりして、何度もくじけそうになったのです。

特に、右の鎖骨の下あたりが激しく痛み、何度も悲鳴をあげそうになりました。しかも、その場所に冷たさも感じるのです。別段負荷がかかる姿勢でもないのに、なぜだろう。疑問には思いましたが、誰かに尋ねることも許されないので、黙って観察し、続けるしかありません。

結局、痛みや冷たさの原因はわからずじまいで、克服もしないまま帰宅しました。そして、そのことはしばらく忘れていました。

■強引な体重増加、闘病生活のはじまり(2015年)

帰宅後、私はダイエットとは逆のことを始めました。瘦せ細っているため、筋力を要するヨガのポーズがいくつもできなかったからです。精神のトレーニングの次は肉体を…。心と体を切り離して考えていた私は、太れない体質だと諦める自分が許せなかったのです。

とにかく食べて、まず2週間で3キロ増やしました。少し恐ろしく思いましたが、その後も2週間で2キロ増え、最終的に、2か月で7キロまで増えました。

自分が自分ではないようで複雑でしたが、そんなにも体重が増えたのは生まれて初めてだったので、恐ろしくも嬉しかったように記憶しています。トレーニングジムにもせっせと通って、負荷の高いプログラムをこなしていました。

数か月後、体調に異変を感じ始めました。でも、息子の小学校入学など環境の変化があり、忙しさにかまけて気付かないふりをしていたのです。

そして5月のある日、ついに身体が悲鳴をあげました。何日も高熱が続き、解熱剤でごまかし続けるにも限界が来て、全身の焼けるような痛みにのたうち回わる始末。駆け付けた実母に付き添われて病院に行き、そのまま入院することになりました。

さまざまな検査を受け、ようやく炎症性の難病「ベーチェット病」であると判明しました。過去にもこの病気は片鱗を見せていて、何度か同じ種類の痛みに苦しんだことがあったものの、病名がつかなかったため治療ができなかったのです。

劇薬が処方されることを知り、心の底からホッとしました。やっと痛みから解放される…。免疫を抑制する薬も処方されました。しかし、その安堵感とは裏腹に、薬がないと生きていけない身体になったことに、心の奥底で絶望を感じていたのです。

あの時、あんなことをしなければ…。
いや関係ない。ヨガの教えでは、すべての出来事に意味があるって…
でも、私は私自身に暴力をふるった。ヨガには非暴力という教えが…
さまざまな考えが頭をよぎり、病気であることを周囲に隠したり、なかったことにしようとしました。

つづく

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